最近、中川淳一郎氏と倉田真由美氏の対談本である
「非国民と呼ばれても コロナ騒動の正体」
という本を読んでいた
個人的には反マスク、反ワクチンでもないので
この二人とは意見が違うところが多いが
一番の問題は日本で「コロナの総括」をしないまま
日常に戻ろうとしていることだと思う
万博とかインバウンドとかやっているが
あれだけ感染対策のために
移動を控えていたのに
急激な変化が起こっていることが不可思議だ
個人的にはコロナ以降では
出かける人が増えているように感じているが
それは体感的なものなのか、現実に増えているのかわからない
だったら新型コロナをもう完全に恐れなくていいかというと
最近ではニンバスとか
コロナの変異種がでているということで
なんか気を付けていいのかダメなのかわからない
外国人旅行者は正直
インフルエンザでもマスクとかつけるとは思えない
ワクチンについては
若者は別にワクチンは必要ないのか
高齢者などのリスクの高い人だけがしたほうがいいのか
よくわからないまま進んでいる
結局、「コロナヤバい」と言っていたような人が
コロナの総括をしないまま
日常を取りもどそうとしているので
その「空白」に陰謀論が忍び込んでいるように思う
参政党の躍進はその帰結だと考える
評論家の與那覇潤氏が
「コロナは歴史に残らない出来事」と予測をしていたが
それが現実になってしまったようだ
そして、コロナでは
リベラル側が自由、人権、平等というのをかなぐり捨ててしまった
というか
リベラルというものは「何を大切にするか」ということが
実は自由とかではなかった
本書では健康と世間体らしい
・コロナ対策費300兆円とはなんだったのか
本書では新型コロナの予算が300兆円という膨大な金額だったので
オリンピック、万博などで目くじらを立てることに対して違和感があるらしい
財政破綻論者の藤巻健史氏は本では2022年の消費税収は約21.5兆円であり
それを使えば、少なくとも時限的には消費税廃止もできるはず
なぜ、膨大な金額を議論なしに使ってしまったという総括もない
「仕方なかった」と言うことはラクだが
それですませてしまうと
震災戦争などでひどい目にあっても「仕方なかった」ですませてもいいようになるんだぞ
だったら、政治家は必要なのか?
「気候変動」でヤバいことになっても「仕方なかった」で済ませることができるのか?
・いまだにコロナを引きずっていたり、いなかったりする
ニンバスなどいまだにコロナを日本は引きずっている
そもそも今のコロナ対策はどうなっているのかわからん
病院ではマスクは必須だが
正直、強制的に病院でマスクをさせることに
もう科学的な意味があるのかわからない
もちろん、発熱などの症状がある人が人にうつさないように
ということでマスクをするのはいいけど
無症状の人がマスクをするのはどこまで合理的なのかわからない
「やってる感」だけでマスクをしないといけないという空気がまだ強い
ワクチンについてもいろいろある
私はコロナワクチンを接種したことがあるし、安易な反ワクチンでもないが
副作用によって苦しんでいる人は補償をすべきだろうと思う
一番の疑問は当時ネットで
基本的にはX(旧ツイッター)のインフルエンサー
医療クラスタ(通称:医クラ)の発信力が相当高かった
なぜ彼らはそこまで発信力があったのか?
コロナが不安でよく知っている主治医に相談するのはわかる
しかし、医クラというのは偽物のなりすましではないだろうが
あのときの医クラの発信力は異常だった
これによって日本ではマスク、ワクチンの信憑性がかなり増した
しかし、それは本当にすべて「手弁当」だったのかわからない
現在、ロシアのネット工作でいろいろ言われているが
ロシアや外国に限らず
コロナのときにどのようなメディアに介入があったのか
検証が必要だと思う
